この投稿、実は…自己解放プログラム監修の投稿でした。
このFacebook投稿は、自己プロのプロデューサー・碇たみ子さんに、オープンで投稿してはどうかと、提案されたものなんだって!
理解できないことは罪なのか?
相手の気持ちとか、相手の話とか、理解できない私はダメだと思っていた。
察するとかほんまに苦手で、がんばって空気読んでもしんどいし、だいたいは勘違い。
相手の話を聞いて、「わかるぅー!」って思って言ったけど、だいたい相手のことを私の世界における体験に書き換えて自分だけで納得しただけで、相手側の主義主張とは違っていることがわりと多い。
「なにがわかるやねん、なんもわかってへんやん!」と相手の方に代わってセルフツッコミ&ダメ出しする。
わからないことには、正解があるもんだと思って長年やってきてるから、相手と自分の「差異」さえも、間違いとか不正解ってとらえていたのかもしれない。
いや、まるきり相手と同じにしなくていいのにな。
まあ、理解できないことって、いいも悪いもないかも。
自分のことだって100%理解できないのに、背中に「あほ」って貼り紙されてても誰かに教えてもらわないと気づかなかったりするのに、相手のこと理解するのってけっこう難しいわ。
頑張ったらどうにかなることもあるけど、いくら頑張ってもどうにもならないこともこの世には存在している。
理解できないのは罪でもなんでもなくて、社会のルールに反することが罪になるってくらいなのかな。
理解できないからって違反行動を起こすと、罪に問われるってだけだろうか。
私が理解したいのに理解できないから質問することで、その誰かの「自分の考えをわかりやすくしたい」「いろんな角度から考えたい、深めたい」とかいうニーズにこたえているかもしれない。
そう思うと、私の理解力の低さに不相応な理解したい願望があることも悪くはないかもしれない。
いつも質問に答えてくれているみなさま、ありがとうございます。
というわけなんで、これ読んでくれた人が、メダカの魅力について理解されなくても、私は「それ罪!」とか思わないです。
水草から泡の粒が水面に向かって浮かぶ様子を観察したり、メダカがたくさん卵を産むわりに親たちでツンツン食べてしまってるのに翌朝気づいたり、鉢の苔掃除担当にヒメタニシ2体導入したら赤ちゃんがうまれていてあなたたちオスメスやったんやねって気づいたりするのとかは、わりと面白いことだってのは伝わるといいなあ。
自己解放プログラムでは、自分を客観視しつつ自分の内面と向き合って、これまで表現できていなかった自分を表現していくよ!
たけちゃん(竹本ひろこ)は、プログラム参加当初、自分のアイコンをパンダに変えちゃおうかなって思っていたんだって。
だけど、この写真を全公開したら、予想外のリアクションがもらえらしいよ。
このあともしばらく、ハルさん撮影写真とか、自撮りとかを投稿して、自分に対する思いが変わってきたみたいだよ!
そういうことも、9月30日に話したのかな?
エキシビション、楽しみ!
エキシビションっていうのは、
12人のアクターの自己解放のストーリーを
トークや作品展示で発表するイベントだよ!
9月30日の渋谷会場もよし。後からアーカイブ視聴するもよし。
アーカイブ動画視聴チケットは10月20日(金)まで販売中だよ!