不平不満をぶちまける

一旦、不平不満をぶちまけるのって大事。

そうしないと、のちのち「良くないこと」につながっていくよね、っていう話をします。

「何があっても怒らない、ふだん優しくておとなしい人が、ある日突然大爆発」というのはよくあるパターンかもしれません。

私は「大爆発」ももちろん経験済みですが、爆発すらしない別のパターンも体験しています。
それを今回お話ししたいです。

私は世の中の多数派が「嫌だ」と認知していると確認があることだけにしか「嫌だ」と言えません。
私だけだったり、私を含めた少数派だったりの異論は、嫌われてしまいます。

「うんちは臭い」は言えるけど、「○○スーパーのトイレは臭い」は言えない、みたいな感じです。

 

「人の悪口言う人は嫌われる」って小さい頃から聞いてきたし、私自身、「私の親の悪口を私に言う親戚」は嫌だったし。

何がきっかけなのかはわかりませんが、私にとって「人の悪口を言うこと」は、「人から嫌われてしまうこと、自分の立場を脅かすこと」になっていました。

私は次第に、こうも考えるようになっていました。
「怒っても現実はいいようにならない」
「そんなくだらないことで怒っていたら時間がもったいない」
「誰かに怒るようなエネルギーは私にはない」

「『私が心地いい感情を得られること』、『私がやらなければならない(と思っている)こと』、私はそこにエネルギーを注がなきゃいけないんだ!」 

そう信じていました。

嫌なことがあっても、
「まあそんな嫌なこともあるわな」
「なんか知らんけど、タイミング悪かっただけかな」
「死ぬよりマシやん」
そんな感じのことを自分に言い聞かせて、無関心、無表情のままで受け流していました。

そうやってきた私は、仏様になったわけではありません。

どうなったかというと、先にお話したように「のちのち良くないこと」に直面しました。

「いつも同じ悲しみに舞い戻ってしまって、成長実感がない」ということです。

何かの出来事で不快な感情がわいたとき、自分の内面に向き合って掘り下げてみると、いつも私の心の奥には同じ悲しみがありました。

過去に傷ついたとき、「もう大丈夫」にして乗り越えたはずなのに、嫌な何かが起きるとまたいつもの、「私のことをもっとだいじにしてほしい」に行き着いてしまうんです。

なぜなのか、何が原因で、そういう思いがあるのかは、わかりません。
わからないけど、そうなってしまうんです。

結局、いつも同じ。
なんで???
私ってやっぱりダメ。

これもセットで繰り返しています。

「私はまだできていないからダメだ」
「今度こそできるようになる」
「できないダメだ」

心が元気なときはこのセットを繰り返しています。
忙しいったらありゃしない。

根が深いもののようで、まだ今の私には難題のような気がします。

最近、自分の心の扱い方を勉強して仕入れたことを生かして、ここは一旦、「私にはそういう悲しみがあって、それをどうにかしたいのかも。」と思うように決めました。

同時にこれからは、自分が感じたちょっとした怒り、悲しみ、つまずきも拾っていってあげようと思います。

私の場合、悪口嫌いだから、SNSには基本投稿しないですが、投稿するなら怒りをボカして投稿します。
それって、はたから見たら意味不明。

それに何よりも、自分自身がスッキリしないのです。
ボカシているから。

それなら、ノートやメモアプリに全出ししたほうがよくない?って思ったんです。

嫌なことがあったとき、どうやって乗り越えていますか?

誰かに話します? ノートに書き出す?
運動? 愛する人のハグ? ペットや推し?
お酒? スイーツ? ギャンブル? 買い物?

必要な条件を考えると、ノートがいちばんハードルが低そうです。

自分しか見ないものには、恥ずかしさも、炎上も心配ありません。
ぜひ、誰かに見られないように、捨てるか、削除か、鍵かけてぶちまけてみてはいかがでしょうか。

え?もうやってます? 早く教えてほしかったわ。

たけ
たけ

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