「自分による」と「自由」である

「自由って大好き!」と思ってた。

あちこち行きたい!
あれもこれも食べたい!
好きなこと、面白そうなこと、やりたい!

「自由=free っていいよね! 私自由が大好き」と思ってた。

だけど、仏教だと意味が違うって初めて知った。

仏教も“自由”の語を大切にするが、その意味は異なる。自由の「由」は<よる><もとづく>という意であるから他に由らず、独立して、自存すること、即ち<自らにもとづく><自らによる>ことが“自由”である。

大谷大学「自由」木村 宣彰(きむら せんしょう)(教授 仏教学)より

自分の軸を持ち、他人からの評価に依存しない。

ってことがだいじなんやな。

ブッダもそういうことを教えてたそうな。

なかなか難しいけど、誰からも評価されないことを、自分の欲求だけで続けられるってのは、自分にとってめちゃ素晴らしいこと。

そして、それを積み上げていくことで、オンリーワンになれるかもしれない。

やまけんさんによると、“どのポジションで”とか唯一無二性の要素はいくつかあるらしい)
≫論文『天才系(アート型)ビジネス 〜vol.1 移住〜』について|山田研太 公式サイト

歩いているとき見上げた空。
風に流れてる雲と、そうでもない雲があるなぁ。

自分の外側って変化が激しい。

「一寸先は闇」「お先真っ暗」みたいな経験を2020年の全世界が体験した。

自分の内側に視点をもってくと、揺らぐものもそうでないものもある。

変化するものって言うと、空気とか食物とか数秒単位で数時間単位で変化してるものとか。
細胞もどんどん死んでは生まれていく。

なかなか揺らがないもの、自分にもずっと変わらずにあるものもある。
それが自分のこだわりだったりする。
既にこだわってる。
こだわりがないってときも、「こだわらない」「なんでもあり」がこだわりなんじゃないかと思う。

何が言いたいかって言うと、「仏教の自由とはfreeと意味が違うんだってね、初めて知って勉強になったよ」ってことです。

私としては深いテーマなので、もう少し探ることにします。

たけちゃん
たけちゃん

Facebookに前日に投稿したものを加筆修正しました。
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